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有限会社舩越造園

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施工事例(進捗状況)

古銭鉢

円形をした水鉢の中心に水をためる穴を四角く開け、古い硬貨(古銭)に見立てた水鉢です。

水鉢というのは主に茶道の席で手を洗う水を溜めるためにあるアイテムで、様々な形状をしたものがありまして、その中の1ジャンルである古銭鉢も、四角い穴の周囲に描かれる模様は様々あります。

何も描かれていなかったり、梵字が描かれていたり、はたまた輪郭が円ではなく八角形だったりと、本当にバリエーション豊かなのですが、その中でも最も有名なのが、真ん中の四角い穴を口(くち)という漢字に見立て、上から時計回りに「吾唯足知」となるような意匠を作り「われ、ただ、たるを、しる」と読ませる「知足の古銭鉢」が最もポピュラーで有名なものになります。この知足の古銭鉢、あまりにも有名で、今では全国各地、本当に無数のイミテーションが存在するのですが、実はオリジナルは京都の竜安寺にある水鉢で、水戸光圀が寄贈したと言われています。

竜安寺と言えば、砂利と石で構成されたあの庭が有名なのですが、そちら側ではなく、その裏といいますか北側にある庭にその古銭鉢は据えてあります。

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この写真は、当社のモデル庭園にあったものです。今では解体済みで、この古銭鉢もお客様の手に渡ったのですが、長らく当社敷地の一角にひっそりと据えてありました。

使い方としては、やはりこのように、水を溜める部分として使うのが今でも一般的で、最近ではその意匠の哲学性などからオブジェとしての役割を重視した使い方もあります。

もともと、日本庭園を構成するパーツはひとつひとつに意味を持たせてあることが多く、この知足の古銭鉢に関して言えば、「われ、ただ、たるを、しる」というワードをどう解釈し、どう庭に反映させるかが表現として面白いものになると考えています。

「私は、今この状況が非常に満ち足りた状況であるという事を認識しなければいけない」これは、「われ、ただ、たるを、しる」について自分なりに考察した私自身の考えなのですが、今の状況は見る角度によっては非常に不幸に見えるかもしれないし、別角度で見ればとても満ち足りた状況にもなる。今の立場を投げくのではなく、今の立場を感謝し、この歳まで健康で生きて来られた事を感謝し、尊大にならず、しかし卑屈にもならず、新しい未来に向かって自分にできる事を行っていこう、というメッセージを、私はこの知足の古銭鉢から受け取っています。

この事についてあえて大きく声を上げて公表するつもりもなかったのですが、折角の機会ですのでこのように述べさせていただきました。これを私の思いからお施主さんの思いへとバトンタッチをする際にどういう思いを繋げる事ができるのでしょうか?

例えば、お庭の設計のご依頼を頂いて、ヒアリングをさせて頂いたとします。その方は古き良き日本というものをある意味大切になさっていて、真心を失ったような振る舞いが多い感じのある現在の日本に憤りを感じておられる。と、します。だったら、満ち足りた自身の立場とその状況を作ってくれた周囲に感謝するというこの知足の古銭鉢に込めたメッセージを使って、あえて鉢を水平に据えずに、一部地面へ斜めにめり込ませて地面に刺さっているように見せ、苔を張り、朽ち果てる寸前のような雰囲気を作り「嗚呼、日本の美しい謙譲の心は、今やこの有様である」という強烈なメッセージをお施主さんの心の代弁として発信する事もできます。(もちろん、そんな大それた事はしたことがありませんし望まれるとは思いませんが・笑)

古銭鉢とは古い銭を形どった水を受ける鉢であり、そこに秘められたメッセージは人の数だけ解釈があり、その解釈をお施主さんに渡す際、更に無数の解釈へと広がるのです。

あなたの特別な庭の解釈を設計者と練るのも庭を持つ過程での楽しさかもしれません。

 

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